足音がうるさい


イギリス生活で悩まされているものはいくつもありますが、中でも上の階の住人の足音はちょっとひどいです。今日は足音についてお話しします。


イギリスに来て以来、上の階の住人の足音には一貫して悩まされ続けています。ロンドンでもリーズでもです。家のみならず、学校やレストラン等、普段の生活で行く他の場所でも、足音がうるさいと思うことがしばしばです。なぜ歩く音がうるさいのか、と考えてみたとき、その理由は歩き方と床の造りとの2つかな、と思っています。


日本人は歩き方が堂々としていない、とよく言われますが、それは静かに歩くべしという価値観の現われだと思っています。逆に、欧米の人の歩き方は堂々として見えますが、それは足音が出ることをあまり気にしていないからだと思います。


この国の人の歩き方を見ていると、男女を問わず、かかとから力強く着地し、足の裏全体を使って体を前に押し、最後につま先で地面を蹴っています。ひざはあまり曲げず、腰(骨盤)も前かがみにはせず、直立したままです。この歩き方は、堂々として見えます。胸を張って自信たっぷりです。ノシノシ、ズンズン、という感じです。この擬態語・擬音語が示しているとおり、足音が出ます。かかとの一点で接地するためエネルギーが集中してかかとにかかることから、接触音が大きくなり、また床にも一気に力がかかるため、床材に加わる衝撃も大きく、ズシッ、とか、ミシッ、という音も大きくなります。


一方日本人の歩き方ですが、このような足音の大きい歩き方はあまり見たことがありません。すなわち、エネルギーを分散させるべく、足の裏全体で着地し、じわじわと体重を乗せていき、体を前方に押した後、つま先で蹴らずに足をまた持ち上げるような感じで歩きます。イメージは抜き足差し足忍び足、でしょうか。体の重量がかかと一点に集中しないため、足の接触音が小さくなり、また床にも少しずつ力が加わるため、床材から出る音も少なくなります。


このような違いは、小さい頃からのしつけ・教育によるものだと思います。家の中をうるさく歩くと親にしかられたものです。小・中学校の廊下には、「走るな」「廊下は静かに」という掲示があり、ドタバタと歩いたり走ったりすると先生にしかられました。このような経験は、皆さん誰もが持っていると思います。そういったしつけ・教育により、歩くときは静かにするのがいい、という価値観を知らず知らずのうちに持つようになっているのです。そのため、あまり音が出ない歩き方を普段から意識せずに行っていて、音が出る歩き方=堂々とした歩き方ができなくなっているのです。‘堂々としたかっこいい歩き方’なるものがスポーツクラブやカルチャーセンターで指導されているという事実が、このことをよく物語っていると思います。


この国の人はそもそも音に対する耐性が高いようですが、歩く音についても然りで、ドスドス、ミシミシと大きな音を立てて歩いてもあまり気にしないようです。TPOによっては静かに歩くように注意され、それに従うようですが、基本的には歩く音を気にせず歩いています。これが、上の階の住人の足音が大きいことの理由の一つだと思います。


この国で足音がうるさいもう一つの理由は、床の造りの違いだと思います。この国の家は、床や天井、壁などが意外に薄かったりします。特に家の床は、木材でできている所が多いようです。自分が見てきた家はほとんどが、床は木で、上にじゅうたんが重ねて敷かれていました。このような造りの理由は、地震がないため・騒音をあまり気にしないため・家自体が古いためなど、いろいろありそうですが、いずれにせよ床自体が音を伝えやすいのは事実なようです。また、石造りだと音が反響しやすい、ということもあるかもしれません。


上の階の足音がうるさいのは、日本でも同じなのかもしれません。日本でもそういったトラブルはしばしばあるようですし、また自分が団地に住んでいたときも、上の階の足音はよく聞こえてきました。しかしながら、この国で足音がうるさいことの問題点(日本とこの国との違い)は、音の大きさがこの国のほうがかなりひどいことと、下に住人がいるにもかかわらず、大きな足音を立てても何も悪いと思わず、あまり態度を改めないこと、の2つです。この国で聞く足音は、ちょっと表現しにくいですが、「聞こえる」「気になる」というレベルではなく、地響きや振動が伝わってくる位に強いのです。また、下の部屋の住人への配慮についても、日本だと当初から少しは気に掛けるようですが、この国では、基本的に他人のことは全く気にしません。「(下の住人が)文句を言ってきたら考えてやってもいいけど、文句を言われないなら何をしてもいいや」、というような考え方なのです。ロンドンに住んでいたとき、足音と声があまりにうるさいので文句を言いに行ったことがありましたが、行くまで自分たちの足音と声がうるさいとは思っていなかったようでしたし、またうるささも1ヶ月ほどで元に戻ってしまいました。日本なら、同じ建物に住んでいたら少しは周囲に気遣い・遠慮をするものですが、この国ではそうではないのです。


このような文化・風習の違いを味わうことが外国暮らしの醍醐味なのかもしれませんが、もし静かな暮らしを求めるのであれば、できるだけ最上階や、床や天井が薄くないところ、他の住人が静かそうなところを選びましょう。また、この国の人は基本的に歩く音を気にしないことと、日本人は無意識のうちに静かに歩いていることとを、頭の隅に置いておくといいと思います。